ブバスティス(ギリシア語: Βούβαστις Boubastis または、Βούβαστος Boubastos; コプト語ボハイラ方言: Ⲡⲟⲩⲃⲁⲥϯ Poubasti)は、アラビア語でテル=バスタ、またはエジプト語でペル=バストとしても知られ、古代エジプトの都市の一つである。ブバスティスはしばしば聖書のピ・ベセト(ヘブライ語 פי־בסת PY-BST、エゼキエル書30章17節)に同定される。その属するノモスの首都であり、下エジプトのデルタ地域のナイル川沿いに位置し、ネコ型の女神バステト崇拝の中心地で、それ故に、ネコのミイラのエジプトにおける主要な保管所であった。
その廃墟は、現代の都市ザガジグの郊外に位置している。
語源
エジプト語におけるブバスティスの名は“Pr-Bȝśt.t”で、通常は“Per-Bast”(ペル=バスト)と転写される。“PR”は「家」を意味し、2番目の語“Bȝśt.t”は女神バストすなわちバステトの名である。一句で「バステトの家」を意味し、すなわち「バステトの神殿」という意味である。コプト語ボハイラ方言では、Ⲡⲟⲩⲃⲁⲥϯ(プバスティ)、またはⲠⲟⲩⲁⲥϯ(プアスティ)、Ⲃⲟⲩⲁⲥϯ(ブアスティ)となっている。
歴史
ブバスティスは、下エジプト第18ノモスブバスティス・ノモス、すなわちアム=ケント(Am-Khent)・ノモスの首都として機能した。タニスの南西、ナイルのペルシオン支流(Pelusiac branch)の東岸に立地していた。このノモスと都市ブバスティスはエジプトの軍人カーストのうちカラシリエスの地区に割り当てられていた。
第22王朝最初の支配者で創設者であり、紀元前943年にファラオとなったシェションク1世以後、王室在所となった。ブバスティスはこの王朝と第23王朝の間、最盛期であった。それはカンビュセス2世による紀元前525年のペルシアの征服以後、下り坂となり、サイスの第26王朝の終わりとアケメネス朝の始まりの先触れをなした。
エジプト第22王朝の君主は9人、または、エウセビオスによれば、3人のブバスティスの王で構成されており、彼らの治世中には、この都市はデルタで最も顕著な場所だった。ブバスティスの南にはすぐに、プサメティコスがイオニアとカリアの傭兵の奉仕に褒賞とした土地が割り当てられており、都市の北側にはファラオネコ2世が始めた(が、決して成し遂げなかった)ナイルと紅海の間を通す運河が始まっている 。ブバスティスがペルシアによって奪われた後、その市壁は取り壊された。この時代より、第2アウグスタムニカ属州の主教座毎の教会編年誌に現われるものの、次第に下り坂となった。ハドリアヌス時代のブバスティス製の硬貨が存在している。
以下はヘロドトスがブバスティスに割いた記述で、紀元前525年のペルシアの侵入後間もなくのことのようで、ハミルトンは、廃墟の見取り図がこの歴史家の目の当たりに目撃した正確さを顕著に保証している、と述べている。
宗教
ブバスティスはネコ科の女神バスト崇拝の拠点であり、古代ギリシア人はそれをアルテミスに比定した。ネコは神聖にしてバステト特有の動物で、ネコまたは雌ライオンの頭部で表現され、記念碑の碑銘において、しばしば神柱プタハに付き従っている。従って、ブバスティスにおける墳墓は、ネコのミイラのエジプトにおける主要な保管所であった。
ブバスティスの町とノモスのその最も顕著な特徴は、バストの神託とその女神の壮麗な神殿、彼女に敬意を表する例年の行進であった。神託は、ギリシア人定住者のデルタへの流入の後、バストのアルテミスとの比定が、現地のエジプト人も外国人もその殿堂に引き付けたため、人気を増し重きを加えた。
ブバスティスの祭は、ヘロドトスによって描写されている通り、全てのエジプトの歳時記の中で最も楽しげで豪華なものだった。
キリスト教区
現存の文献が、4世紀と5世紀のブバスティスの3人のキリスト教司教の名を述べている。
- ハルポクラテス、リコポリスのメレティウスによって叙任され、325年にリストに載った司教
- ヘルモン、聖アタナシウスの同時代人、362年頃。
- ユリアヌス、449年のエフェソスの強盗会議にて。
発掘物
後期新王国の宰相イウティの墳墓が、エジプト考古学者シャフィク・ファリドによってブバスティスの「貴人の墓地」で1964年12月に発見された。
2008年以降、ドイツ=エジプトの「テル=バスタ・プロジェクト」が、ブバスティスでの発掘を指揮している。以前には、2004年3月に、よく保存されたカノプス勅令の写しがこの都市で発見された。
関連項目
- ザガジグ - このブバスティス遺跡の北西に隣接して立地する都市で、シャルキーヤ県の県都。
- ザガジグ大学 - 上記ザガジグにあるエジプト最大規模の大学。
- タニス - 同じシャルキーヤ県にあるエジプトの古都の一つ。
- サイス - 同じくナイル川デルタにあるエジプトの古都の一つ。
注釈
外部リンク
- エジプト調査学会(EES)/ゲッティンゲン大学/考古最高評議会. “Tell Basta Project” [テル=バスタ・プロジェクト]. Egypt Exploration Society. エジプト調査学会. 2017年10月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年11月6日閲覧。
- TELL BASTA-PROJECT (2013年2月12日). “Tell Basta-Project” [テル=バスタ・プロジェクト] (ドイツ語). Aegypten - Wiege der Zivilisation. ユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルク/エジプト調査学会(EES)/考古省. 2011年7月20日閲覧。 - テル=バスタ・プロジェクトの予備的なドイツ語ウェブサイト。
- フンボルト大学ベルリン考古学研究所エジプト学および北東アフリカ考古学; ザガジグ大学博物館/シャルキーヤ国立博物館/イスマイリア博物館 (2009年). “M.i.N. Museen im Nildelta - Museums in the Nile Delta” [M.i.N. ナイル・デルタにおける博物館]. project-min.de. フンボルト大学ベルリン. 2011年8月29日閲覧。 - ナイル・デルタにおける博物館(プロジェクトM.i.N.)ウェブサイトにおけるブバスティスからの発見品。
- この記事には現在パブリックドメインである次の出版物からのテキストが含まれている: Smith, William, ed. (1854–1857). "Bubastis". Dictionary of Greek and Roman Geography. London: John Murray.



